大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)724号 判決

1 論旨は,要するに,原審裁判官は,原判決を言渡した際,被告人が本件犯行に出た動機,目的は強いて被害者に対し猥褻な行為をし又は被害者を姦淫することにあったと認められるから,懲役9月の量刑は相当である旨口頭で説示したのに,判決書中に右の説示部分を記載しなかったのは,言渡した判決の内容とまったく異なる内容の判決書を作成した違法を犯したものであり,刑事訴訟規則53条ひいては憲法31条に違反し,訴訟手続の法令違反にあたるというのである。

そこで調査すると,原審の判決書には,罪となるべき事実(認定事実と表示されているもの)として,「被告人は,昭和59年12月4日午前9時30分ころ及び午前10時ころの2回にわたり,東京都新宿区新宿三丁目38番地1国鉄新宿駅付近の公衆電話から,同区新宿三丁目2番9号新宿ワシントンホテルに架電し,同ホテル地下の社員食堂及び1階ロビーで電話に出た同ホテル内の喫茶店「ボンジユール」の従業員A女(22歳)に対し「本社の者だが,君が売春しているとの情報により,警察が本社に来ている。今は僕の方で警察を止めているが,君がボンジユールにいると告げたら逮捕される。売春していることが会社に知れるといずらくなるだろう」などといい,同女の身体,名誉にどのような危害が及ぶかもしれない旨告示し,もって同女を脅迫したものである。」と記載されているにとどまり,量刑の事情その他右事実に関連する事情は記載されていないが,被告人の当審公判における供述及び原審弁護人が原裁判所に原判決宣告期日の公判調書の記載に対する所論に沿う異議申立をしていることによれば,原審裁判官が原判决を言渡した際には,その量刑事情に触れ,被告人の本件犯行の動機,目的は強いて被害者に対し猥褻な行為をし又は被害者を姦淫することにあったと認められる旨を説示したことがうかがわれる。したがって,所論が前提とする事実はおおむねこれを認めることができるが,原審裁判官が説示した右の事情は,所論も指摘するとおり本件犯行の動機,目的であって,量刑の事情となるにとどまり,罪となるべき事実には含まれないのであるから,有罪判決の宣告の際にこれを示す必要がないことはもとより,その判決書に記載する必要もないというべきである(刑事訴訟法335条1項参照)。もっとも,そのような事情についても,裁判官が判決を宣告する際これを説示することは当然許されるのであり(刑事訴訟規則35条2項,221条参照),また,その説示がなされた場合には,その内容は判決の内容となるのであるが(最高裁判所昭和51年11月4日第1小法廷判決・刑集30巻10号1887頁参照),その場合であっても,これを必ず判決書に記載しなければならないわけではないと解するのが相当である。このように解しても,判決の宣告の際に説示された事実が判決の内容をなす以上,その事実で判決書に記載されていないものについても,上訴において争うことができることになるのであるから,刑事訴訟規則53条及び憲法31条に違反するとは考えられない。もとより,宣告された判決の内容と判決書の内容とが矛盾するときは,刑事訴訟規則53条の違反となるが,本件においてはこのような違反もない。そうすると,原判決には所論のような訴訟手続の法令違反がないことになり,論旨は理由がないことに帰する。

……中略……

2 論旨は,要するに,本件起訴状の公訴事実には犯行の動機,目的についての記載がないが,本件のような脅迫罪においては,その動機,目的の記載が訴因を特定させるうえで不可欠であるから,原審は刑事訴訟法338条4号又は339条1項2号に基づき公訴を棄却すべきであったのに,実体判決をしたのは,刑事訴訟法の右規定ひいては憲法31条に違反したものであり,刑事訴訟法378条2号にあたるというのである。

そこで検討すると,本件のような脅迫の事案においても,その動機,目的は,直接その罪の構成要素となるものではないから,罪となるべき事実には含まれず,その記載を欠いても,もとより訴因の不特定をもたらすものではない。もっとも,右の動機,目的は,被告人の刑事責任の程度と関連性が強く,その量刑に影響するところも大であるから,これを事件の争点として相当な範囲で当事者の主張,立証を許す必要があると解せられるが,記録によれば,原審においては,検察官が冒頭陳述において,本件犯行の動機,目的として被告人が強いて被害者に猥褻な行為をし,あるいは被害者を姦淫しようと企てた旨を明確に主張し,検察官及び被告人,弁護人がこれにつき十分に争っているから,この点の原審の措置にも違法,不当はない。

……中略……

3 論旨は,要するに,本件起訴状の公訴事実においては,強いて被害者に対し猥褻な行為をし又は被告者を姦淫しようと企てて脅迫に及んだとの記載がなかったのに,原審裁判官が,判決を言渡した際,被告人に右のような動機,目的があったと説示したのは,審判の請求を受けない事件について判決をした場合にあたり,ひいては憲法31条に違反したものであって,刑事訴訟法378条3号の事由があるというのである。

そこで検討すると,所論の指摘する事実は,すでに説示のとおり,訴因の必要的記載事項に含まれず,これを付加しても訴因が異なったものとなるわけではないから,原審裁判官が判決宣告の際量刑の事情としてこれを説示したからといって,審判の請求を受けない事件について判決をしたことにはならない。

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